漫画4巻・5巻【ここは今から倫理です。】きっと心が楽になる名言・名シーン5選!

 皆さんが倫理と聞くと何を思い浮かべますか?「高校の時になんとなく授業受けたのは憶えているなー」と、この程度の印象の方がほとんどではないでしょうか?私は正直倫理では何を学べたのか非常に曖昧でした。

 

 しかしこの『ここは今から倫理です。』を読んでみて、大人になった今だからこそ心に響くものがあったなというシーンがたくさんありました。この作品に触れてみれば、倫理で何を学べるのかを誰もが答えられると思います。

 

 知識としては必要のない学問、しかし生きる上で必要になる学問、倫理。一人の倫理教師が、生徒たちの心を倫理を説きながら救っていく物語の魅力を、名シーンと共にお届けいたします!

以下はネタバレを含む記事です。ネタバレに抵抗のある方は見ないで下さい。

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あらすじ

引用元:まんが王国

 倫理教師の高柳(たかやなぎ)は、選択授業で倫理を履修した高校3年生の生徒たちに授業で倫理を説いていきます。倫理を履修した生徒たちは皆何らかの問題を抱えていました。

 

 高柳は言います。「倫理は学ばなくても、将来困る事はほぼない学問です。この知識が役に立つ場面があるとすれば、死が近づいた時とか・・・」

 

 倫理は主に、自分がひとりぼっちの時に使います。人を信じられなくなった時や死が目前に迫った時に人は何に救いを求めるのでしょうか。より良く生きるために人は何を考えるでしょうか?

 

 高柳は生徒一人ひとりと向き合いながら、倫理を以って生徒たちを救っていきます。先人たちが生み出した言葉、その言葉を巧みに扱う高柳に生徒たちは何を思うのか・・・。

 

登場人物

引用元:まんが王国

高柳(たかやなぎ)

 倫理を専門にする高校教師。生徒の些細な変化に気づき、深い悩みにも寄り添う一方で、人の心を救えないと自虐に走る傾向がある。端正な顔立ちだが愛煙家で、一部の教師から煙たがられている。たまにどや顔をするキザな先生。

 

逢沢 いち子(あいざわ いちこ)

 高柳の倫理の授業を受ける生徒の一人。複数の相手と関係を持つほど自分を大切にしていなかったが、高柳に“教養”について説かれ心を入れ替えた。高柳を想い続ける一途な女の子。

 

綿野 佑輔(わたの ゆうすけ)

 高柳の倫理の授業を受ける生徒の一人。スマホゲームにはまっていたが、スマホを壊してしまい、途方に暮れる。現代人を象徴するような人物。

 

隅井 桜花(すみい おうか)

 高柳の倫理の授業を受ける生徒の一人。見た目は可愛い女子生徒で、過剰にいい子を演じている。しかし万引きを繰り返すなど悪いことに興奮を覚えている。本性を現すと一番怖いタイプの女の子。

 

春山 剛司(はるやま つよし)

 高柳の倫理の授業を受ける生徒の一人。自宅で祖父の介護を引き受けている心優しい青年。悩みを悩みと思えないほど自分の幸せを見失っていた。辛いことは幸せのためと考えを変換できるところが尊敬できる。

 

人生のお供にしてほしい名言5選

 

 “マン・イン・ザ・ミラー” 世界を変えたいのならまず鏡の中の男を変えろ

 逢沢いち子は所属する3年4組のグループチャットを煩わしく思っていました。3年4組の生徒たちは何かと結束しようとし、イジメなどは決してありません。みんなで明るく楽しく全力で青春しようというのがモットーです。

 

 一見雰囲気の良いクラスにも見えますが、逢沢はこのような仲良しこよしが嫌なのです。逢沢はグループを抜けたがっていましたが、高柳には懸念していることがありました。

 

 結束力の強い集団のひとつ怖いところは、結束を乱す異端分子がいれば、猛烈に排除しようとするところです。個人ではとても出来ないむごい事を集団では出来てしまうと高柳は言います。

 

 一方で、「どんなに理不尽な事を言う人がいても、それがその人なりのより“幸福になる選択肢”だったのは変わらない。どんな主義主張でも最後に目指されるのは“幸福”のみ」とも高柳は逢沢に説きます。

 

 するとその言葉を聞いた逢沢はグループを抜けることを決めます。それが自分にとっての幸福だと気づいたからです。

 

 しかし恐れていたことが起きました。逢沢がグループにいないことを良いことに、チャットで生徒たちは逢沢の悪口を言い出したのです。気にしないと言う逢沢でしたが、放って置けない高柳は倫理の授業でディベートをすることにしました。

 

 個人主義派と全体主義派に分かれて、それぞれの立場から意見を言い合うディベートです。高柳は敢えて逢沢を全体主義派のグループに入れました。逢沢は全体主義の考えなどわからないと言いますが、相手の立場になって考えることも必要だと高柳は諭します。

 

 最初は相手の悪口を言ったり、偏った意見を言ったりする生徒がほとんどでした。しかしある意見が別の意見に派生していき、ディベートの雰囲気が徐々に変わっていきました。

 

 生徒たちは主観的な意見から、客観的な意見、相手の立場に立った意見へと変わっていったのです。このディベートの雰囲気が心地よくなった高柳は生徒たちに言葉を送ります。

 

 「世界を変えたいのなら、まず鏡の中の男を変えろ」。

 マイケル・ジャクソンの“マン・イン・ザ・ミラー”という曲の中の歌詞です。

 

 「相手を変えたければ自分も変わらなければならない。何故なら相手も自分も不完全なのだから・・・」と高柳は続けて言います。

 

 人間関係がうまくいかない時、相手に一方的に敵意を向けるのではなく、相手の立ち場になってみると見ていた世界が変わるかもしれないですよね。まずは相手の意見を受け入れてみる。

 

 “マン・イン・ザ・ミラー”からは、俯瞰的な捉え方が大切であることを学ぶことができました。

知らないでその結果ならよくない。知ってその結果ならそれが正しい

 最初にクラスの悪口など気にしないと言っていた逢沢は、改めてその事実を無視すると言いました。自分も悪かったかもしれないと見つめ直し、自分をわかってくれる人はいると気づけた末の答えです。

 

 高柳は“知らないでその結果ならよくない。知ってその結果ならそれが正しい”という言葉を逢沢に送りました。

 

 何も考えずに投げやりに結果を出すのではなく、一度立ち止まって考えた末の結果であればそれは正しい。という意味ですね。

 

 同じ結果でもその結果に辿り着くまでの過程が大事だということを高柳の言葉から学びました。

 

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「労働」とは時に“生きる喜び”と直結するものなのに

 哲学者フロムは著書「自由からの逃走」においてこう言いました。

 

 「かつて熱望されていた自由がいったん保障されるようになると、人々はその自由の重みに耐えられない。」

 「そこから逃走し、新たな権威への依存と服従を求めるようになる」と。

 

 スマホゲームに依存している綿野佑輔は進路に悩んでいました。なぜ働かなければいけないのか。なぜゲームだけやって生きていてはダメなのか。そんなことばかりを考える綿野。

 

 ある日綿野は不注意でスマホを壊してしまいます。それまでスマホゲームに費やしていた時間に何をすればいいのか困惑する綿野でした。家にいる時、入浴中、寝る前、学校の休み時間、スマホのない綿野は気がおかしくなりました。

 

 そしてフラストレーションが溜まり、家族に強く当たってしまいます。スマホゲームにしか興味のなかった綿野は学校で居場所もなければ、家庭での居場所もなくなってしまいました。

 

 そんな綿野に高柳は語りかけます。

 

 「かつては水汲みを頑張ればそれだけたくさん水が飲めた。めいっぱい「労働」してその分の「必要なもの」を手に入れていたけれど、今はその「労働」と「必要なもの」が繋がっていない。」

 

 だから人は“やりがい”を中々感じにくくなったのです。何でも便利に楽に出来るようになったから、人は日々の生活の「必要なもの」が何なのかすらもよく分からなくなっていきました。

 

 そもそも労働をしたくないという綿野に高柳が説きます。

 

 

「今は“労働”という言葉の意味が昔とは違うのかもしれない・・・

“労働”とは時に“生きる喜び”と直結するものなのに。」。

 

 綿野は高柳の言葉を聞くと世界が変わっていきました。自分が歩く道にあるもの全部が人の「労働」のあとだと気づいたのです。

 

 「“労働”とは時に“生きる喜び”と直結するものなのに」という高柳の言葉。

現代社会では“労働”がストレスとなっている人がほとんどだと感じます。好きなことで収入を得たいけれどそんなに甘くはない。でも生きるためには働かなければならない。

 

 おそらく昔は“好きなこと”を考える暇もなく、生きるために必死に働いていました。今は昔と違い余暇の時間が増えています。労働と余暇のバランス、労働とやりがいのバランスが上手くいかないとストレスになってしまうのではないでしょうか。

 

“正しい場所”に“悪い人”が来る事はあっても“悪い場所”に“正しい人”が来る事はない

 見た目は可愛い女子生徒で、過剰にいい子を演じている隅井桜花。クラスでは人気者です。家でも学校でも仮面を被っていますが、その正体は心に闇を抱えた女の子でした。その闇にいち早く気づいたのが高柳です。

 

 隅井は家庭環境が悪く、両親から愛情をもらえていませんでした。本当は色々悩みもあるし、不安もあります。両親に相談したいけれど疎ましく思われるから言えないでいました。

 

 自分が傷つかないように、世の中の現実から目を背けるように生きてきた隅井。そんな隅井は高校入学当初、クラスに馴染めないでいました。すると隅井に手を差し伸べた女子生徒がいたのです。

 

 その女子生徒は隅井に色んな事を教えてあげました。しかしそれは良いことではありません。万引き、他人の自転車のかごにゴミを入れる、噓泣きなどなど・・・。隅井はその女子高生の真似をすると心がスカッとしました。

 

 世の中や大人に対して思いっきり「ばーか」と叫ぶことができた感じがしたのです。

 

 そんな隅井に高柳は言います。

「悪い事はやめなさい。優しい人がまだ周りにいるうちに。戻れなくなる前に。」

 

 悪い事を続けていればきっといつか、今隅井を好きでいる友達はそれに気づいて去っていきます。大人は隅井を信用しなくなり、代わりに周りにはもっと隅井を悪くしようとたくらむ人がやってきます。

 

「“正しい場所”に“悪い人”が来る事はあっても“悪い場所”に“正しい人”が来る事はないのですよ。」と高柳は隅井に諭します。

 

 それでも高柳に反抗する隅井。高柳は続けて隅井に諭します。

哲学者カントによると「人間における悪の性癖」とはひとつ「心の弱さ」、ふたつ「動機の不純さ」、みっつ「心の転倒」。

 

 「心の転倒」とは道徳の法則よりも自己愛を優先するということです。

お腹がすいたから食べ物を盗む、自分の利害のために人を殺す、どちらも同じ「心の転倒」なのです。

 

 「より深い悪だと助けられません。我々が行ける場所には限界がありますから。」と高柳。

 

 隅井の友達だった女子高生は退学した後、さらに色んな悪事を働き少年院にいます。隅井は高柳の言葉から恐怖を覚えます。

 

 あくまで隅井の場合はまだ“転倒”です。「意志さえあればいつでも起き上がれる。あなたは起き上がれる気がする。」と高柳は隅井に語りかけます。

 

「“正しい場所”に“悪い人”が来る事はあっても“悪い場所”に“正しい人”が来る事はない」という高柳の言葉。

 私はこのセリフから“類は友を呼ぶという”という言葉を連想しました。

 

 そしてまだ悪事に深入りせず、自分を正してくれる人の目の届く範囲であれば、転んでも立ち上がれる。心の闇に光が差すような言葉だなと思いました。

引用元:まんが王国

人間は常に“自分が耐えられるギリギリの試練”があった方が精神的にはいい

 見た目も地味、性格も地味、周りから「悩み無さそうでいいねー」と言われてきた春山剛司には、周りに秘密にしている悩みがありました・・・。

 

 倫理の授業では生徒たちにある課題が与えられています。最近ムカついた事、ウザかった事を書き、それに対しどう思ったかを、正しい感情表現の言葉で書くという課題です。

 

 言葉には感情を強く刺激する機能があります。人の心とは自分が思っている以上に“言葉”というもので大きく揺れ動いてしまうものです。

 

 特に「ウザい」「キモい」「ムカつく」といった強い感情は、本来なら簡単に口に出すべきではないもののはずです。言葉を簡単に使ってしまうから、心はそれに引っ張られて簡単に「ムカついて」しまうのです。

 

 細やかな感情表現の言葉を使わないと、どんどん細やかな心の揺らぎを感じられなくなり、鈍感になっていきます。人の心もわからなければ、自分の心もわからなくなる、それが言葉の乱れの恐ろしいところだと高柳は生徒たちに説きます。

 

 唯一高柳が出した課題に白紙で提出した生徒がいました。春山です。春山にはウザいもムカつくも無いのです。しかし、そのように思ってはいけない現実があったのです。

 

 春山は毎日帰宅すると、祖父の介護をしていました。両親は共働きで日中はいません。さらに思春期で介護を手伝わない弟。祖父の入浴、排泄、食事すべてを春山が介助していました。

 

 ある日の放課後、春山はクラスメイトに誘われ遊びに出かけます。少しの間なら祖父も一人で大丈夫だろうと思ったのです。しかし帰宅してみると祖父は排泄物と共に倒れ込んでいました・・・。「なんで俺が・・・」と嘆く春山。

 

 翌日の倫理の授業で高柳は欲求不満について説きます。

 人間にはしばしば欲求を満たすために障害を乗り越えなければならない時があります。この欲しいものがうまく手に入れられない状態が欲求不満です。

 

 これに対する最善は「努力で乗り越える」ということは当然ですが、人間そう上手くは動けません。これにはいくつかパターンがあります。一つ目は、ただその障害の前で右往左往するだけ。

 

 二つ目は、頑張って乗り越えるのではなく、破壊的な方法で強行突破してしまう。三つ目はずるい事、例えば犯罪などをしてうまくすり抜ける。四つ目は、目標から逃げて憂さ晴らしをして忘れようとする。

 

 やりたい事がいくつかあるのに、そのどれかを選ばなければいけないという障害の形もあると高柳は言います。高柳の話を聞きながら、春山は家族との思い出を振り返っていました。そして突然春山の目に涙が溢れ出てきたのです。

 

 高柳は春山にそのままでいいと優しく語りかけ話しを続けます。

 

 欲求不満に適応していく行動がうまくとれない場合は、慌てず視点を変える努力をしてみることが大事です。その為に必要なのが“耐性”。その耐性は現実から逃げるほど弱くなっていきます。

 

 「だから人間は常に、“自分が耐えられるギリギリの試練”があった方が精神的にはいい」と高柳は生徒たちに諭します。

 

 ある目標が達成できないなら、その目標を達成できるくらいまで小さくしてみる。小さな達成感の積み重ねが人間を強くし、“耐性”がついていくということを高柳は生徒たちに伝えたかったのですね。

 

 倫理の授業の後に、高柳は春山に白紙のプリントを返します。高柳が春山に項目を変えてもいいから何か書いてみようと語りかけます。

 

 すると春山は項目を“好きなもの”に替え、家族について書き出しました。春山はそれまで閉じ込めていた感情が溢れるように、たくさんの言葉を書き連ねました。

 

『ここは今から倫理です。』 感想

引用元:まんが王国

人生に役立つ名言・名シーンが満載

 今回挙げた名言・名シーンは作品の中のほんの一部です。生徒たちもまだまだたくさんいて、それぞれに物語があります。だからこそ貴方にドンピシャなストーリーもあるはず!

 

 高柳は生徒一人ひとりと向き合い、倫理を説きながら問題を解決していきますが、大人になった私にも説かれているような気になるほど、どの世代の人にも心打たれる言葉が満載です。

 

 例えば、最後の「だから人間は常に、“自分が耐えられるギリギリの試練”があった方が精神的にはいい」という言葉。たしかに、試練などなく、少しのストレスもない状態で生きていたら、急に問題にぶち当たった時耐性がないなと思いました。

 

 また難しい試練を過剰に自分に与えても、限界を迎えた時耐性がないので心を病んでしまうなとも思いました。

 

 このように、作品全体を通して、生徒と自分を置き換えて考えることができるので、高柳から生きていく上で大切な言葉をもらえているなと実感できます。

 

まとめ

 以上『ここは今から倫理です。』の名言・名シーンを5選紹介しました。

 

 今回の記事で挙げた他にも、問題を抱えている人の心を打つような名言はたくさんあります。「倫理なんて堅苦しいしよくわからない」という人でも高柳の言葉に釘づけになること間違いなしです!

 

 基本的に1話完結で読みやすい作品になっていますので、興味を持たれた方はぜひ作品に触れてみてください!

 

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